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4月 23, 2012
皆さんは、ダンケネディってご存知ですか?実は私はつい最近までダンケネディさんという人
がどんな人で何で有名な方のか知りませんでした。知らないということは恐ろしいことですが
実は恥ずかしならが、ダンケネディとケネディ大統領を同一人物とおもっていました。今
思えばとんでもない話です。
私と同じように知らない人に少し説明します。実は彼は世界で最も高額な料金をチャージできる
コピーライターの一人です。とにかくコピーライティングの世界では知らない人はいない人物
です。私は、これまでコピーラインティングとはまったく縁遠い世界にいたので、ダンケネディ
を知らなかったのだと思います。
ところが、有ることをキッカケに私はダンケネディと自然に関わる機会をもちました。当然
直接ダンケネディを見たとかダンケネディにあったとかいう類の話ではではありません。
実は、ダンケネディに刺激をうけて真剣にコピーライティングを学んだ人のレターと関わって
いたのです。
私はある商品をネットを通じて購入することになったのですが。その時の私の購買意欲に火
をつけていっきに注文ボタンをおさせたレターがまさしく、ダンケネディの存在に刺激をうけ
真剣にコピーライトという分野を研究した人物の書いたレターだったのです。
それは、後から考えるとなるほど、ちゃんと研究された文章なんだとわかるような気が
しました。私はそのときはじめて、コピーライトの力を見せつけられ、そして感動しました。
自分もダンケネディをもう少し研究して文章の書き方を一から学んでみようと思っています
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12月 27, 2011
ダンケネディの仕事、というのは、実際のところ、何だったのでしょうか? ダンの仕事はナンだ? なんて、つまらない洒落を言っている場合ではありませんね。例えば、実効性のある仕事はなにひとつしないで、壊したり、ひっかきまわしたり、そういうことしかしなかった輩が、辞め際に、自分の仕事は歴史が評価してくれる・・・なんて、真剣に言っているのを口にしているのを見ると、こいつは、本当に、存在自体が害悪だな、それも、仕事を終えても、ずっと、害悪であり続けるんだろうな・・・なんていうふうな、なんと申しますか、暗澹たる気持ちになってしまいます。これは極端な例ですが、一国を束ねるような立場にありながら、無能極まりないだけでなく、功を焦ってやらでものことあかり仕出かす、そういう例が、つい最近、ありました。歴史は、史上最低最悪の宰相であると、彼のことを評価するでしょう。前任者と、最低最悪の座を争う勢いです。どちらが最低で最悪であるかは、歴史が評価することでしょうね。話が逸れました。ダンケネディが、こういう無能力者をモチベートしようとするようなことがあるでしょうか? いえ、無能力者でも、モチベーションは高く保っている、自分の手柄になりそうなことを探して、他人を踏みつけにして、梯子を外して・・・ということに関しては、という、無能力者をモチベートすることは、いけないことですね。ダンケネディも、そういう人間をモチベートするような愚かなことはやらないでしょうね。
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7月 19, 2011
“クライエントをモチベートする、ということは、他方、クライエントに勘違いをさせる、ということでもある、ということは、先の記事にも書いたかと存じます。それでいいんです。自身の脳を飼い馴らして、勘違いさせることによって、ダイエットだって成功させることができますし、セールスも、そうです。動機づける、ということは、その人間にとって、動機を感じにくいところに動機を感じさせる、ということですから、そのことは、言い方を変えるなら、脳を勘違いさせる、ということであるのです。私は、その手法を否定するものではありません。ダンケネディの方法が、成功哲学、として認知されているのであれば、やはり、ダンケネディのやり方にも、勘違い、の側面があり、そういう側面があるからこそ、健全な理論体系である、ということも出来るか、と、考えています。” ここまで、ダンケネディについて、いろいろと調べながら、ダンケネディその人に染まろうとしたり、ダンケネディの提唱する成功哲学を、自身のビジネスに活かせないか・・・というようなことをあれこれと考えて参りましたが・・・つまるところ・・・ダンケネディについて、実際に、身銭を切って、経験することが、ダンケネディについて知るためには、必要なことなのかな・・・という気がしております。いま、私は、fxをやっています。fxスプレッドを確認しながら、取り扱い業者を新たに選定しているところなのです。fxで資産運用して、余剰金で、ダンケネディについて、更に学ぼうかな、と、考えております。
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3月 1, 2011
ダンケネディによって動機づけられた、セールスパーソンの私は、顧客に向けてセールストークを展開する場合に、顧客の側に立って、この商品が如何に顧客に利益をもたらすものであるか、ということを、真摯に説明しています。ダンケネディが言外に意図した、と、私はそう感じましたが、私は、最早、自分のやっていることは、セールスではない、というふうに感じています。それでこそ、図々しさは消え、誠実な語りとなって、顧客に届くのです。ダンケネディのような優れたモチベーターであるならば、クライエントを、そういう形にモチベートすることは、比較的容易なのでしょう。
しかし、クライエントをモチベートする、ということは、他方、クライエントに勘違いをさせる、ということでもある、ということは、先の記事にも書いたかと存じます。それでいいんです。自身の脳を飼い馴らして、勘違いさせることによって、ダイエットだって成功させることができますし、セールスも、そうです。動機づける、ということは、その人間にとって、動機を感じにくいところに動機を感じさせる、ということですから、そのことは、言い方を変えるなら、脳を勘違いさせる、ということであるのです。私は、その手法を否定するものではありません。ダンケネディの方法が、成功哲学、として認知されているのであれば、やはり、ダンケネディのやり方にも、勘違い、の側面があり、そういう側面があるからこそ、健全な理論体系である、ということも出来るか、と、考えています。
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2月 26, 2011
ダンケネディの、マーケッターとしての力量の高さ、素晴らしさについて触れる時間的余裕があるかどうか・・・。もう少し、ダンケネディの、モチベーターとしての側面について見ていきたいと思います。お付き合いください。ダンケネディの、モチベーターとしての力量、素晴らしさを知るにつれて、私は、ダンケネディが持っている成功哲学、というものについて、考えを及ぼすようになっています。繰り返しますが、およそ、成功哲学、というものは、私に言わせれば、勘違いの集成、という側面を持っています。このことは、成功哲学、というものへのアンチテーゼではありません。成功哲学、というものでなくっても、私たちが作り上げるいろんな理論体系、というものには、その素晴らしい部分に、少し違う角度から光を当ててみることによって、同じところが、陳腐に見えることがあります。また、そういう多角的な見方ができなければ、いかな精巧な作りの理論体系であっても、その理論体系は、危うい、ということになります。成功哲学もそうです。図々しくなく売り込みが出来る、ということは、売り込みをする本人が、自身はこの局面で、図々しくなく売り込みが出来ている、というふうに信じ込んでいることが絶対条件になります。自身がそう信じ込んでいれば、そのように振る舞うことが出来て、その振る舞いは、本人にとって、振る舞いではなく、在り様(ありよう)、となる、ということですね。本人にとって、在り様、であるならば、売り込みを掛けられる顧客にとって、セールストークは、もう、セールストークではなくなってしまいます。顧客である自分の利益を十分に考えた、真摯な説明である、ということになるのです。
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2月 23, 2011
ダンケネディのセミナーを切り取った11分ほどの映像を見て、ダンケネディの言葉に触れて、私は、ダンケネディにモチベートされた、というふうに思っています。
いったい、成功哲学というものは、どんな考え方で成り立っているものなのでしょう? ダンケネディに限らず、成功哲学というものを唱えている人の考え方には、似通ったところがあるように思えます。モチベートする、動機づける、という作業は、荒事であることが多いです。先ほどの、ダンケネディの、映像の中のやり方は、スマートで、さりげなくて、そこらあたりがダンケネディのダンケネディたる所以、ということになるのでしょうね。巷の、成功哲学の教材を売って利益を上げているような経営者の中には、即物的で、欲望を前面に押し出しながら、“使命感”といったような奇妙な言い方をするところに無理があって、見ていられない、と思わせるような部分があります。まさに、手荒な外科手術のようなことを、クライエントの心に対してやってしまおう、とするようなところが丸見えなので、辟易とさせられるようなところがあります。ダンケネディの手法はスマートですが、クライエントの意識への進襲の度合いを考えると、ダンケネディのやり方をもってしても、それは、“荒事”であると言わざるを得ないでしょう。私が言う、荒事、というのは、自身の脳を騙す、飼い馴らす、というやり方のことを言います。言葉が適切でなくなるかもしれません。ご容赦ください。
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2月 20, 2011
ダンケネディと同じ国の人たちにとって、この種の、セロサム的概念をメンタルブロックとして持ち続けている人、というのは、経営者層やセールスパーソン層の中で、どれくらいの割合居るのでしょうか? 住んでいる国や、人種や民族、といったことで、メンタルブロックの在り方の違いについて論じることにどれほど意味があるのか、私にとっても、甚だ心もとないのですが・・・少なくとも、ダンケネディと同じ国に住んでいる人たちと、私たち日本人とを比較してみると、日本での経営者層やセールスパーソン層の中に占める割合が、・・・先ほどのようなメンタルブロックを抱え込んでいる人の割合が・・・相対的に多い、ということはまず、間違いないだろうと、私は感じています。
かくいう私も、その種のメンタルブロックに、常に苦しめられてきた一人です。売ること自体、売ろうとすること自体、セールストークを展開すること自体が、相手の時間を奪い、お金を奪ってしまうという、そうしなければ、こちらは潤わないんだ、という、ゼロサム的概念の典型のようなものを深く抱え込んでいる私にとって、ダンケネディの、僅か10分足らずの動機付けは、深く響いたのです。
ゼロサム的概念を取り去れば、自分の仕事は、相手に機会を提供する、ということだ、と考えることが出来る。相手の購買意欲や購買能力について、思い煩ったり、判断したりする必要がないから、図々しくなる必要がない。セールストークを展開して、自分の商品についてしっかり伝えて、あとは、結果だ、と。
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2月 15, 2011
ダンケネディが、セミナーの出席者に向けて、彼、ダンケネディ固有の、モチベーターとしての力を発揮しているところを映像で見た私は、ダンケネディの、言外の言である、と、思われることを、ここにこうして書き連ねておかずにはいられないのです。
つまり、彼は、自分が儲けるために、誰か、直接的には顧客に損をさせなければいけない、というふうな、ゼロサム的な概念を持ち続けることによって、“売るのであれば図々しく”ならざるを得ないか、それとも、“売ることを諦める”しかなくなって、そのどちらの態度を取り続けることも、また、交互にすることも、最後には不可能となってしまう・・・という意味のこと、短い言葉で淡々と語り、その上で、では、ゼロサム的概念を取り去ることが出来れば、売ることに、図々しくなる必要もなくなるし、顧客のニーズや判断について、自分で考える、背負い込む、といったようなことをする必要もなくなる、ということを、少し長く言葉を費やして、語っていたようでした。
少し前の記事でも書きましたが、この種の、ゼロサム的概念を、そのまま、成功するためのメンタルブロックとして持ち続けている人が相当数います。先ほどの、ダンケネディのセミナーに参加している人は、殆どが、ダンケネディと同じ国の人だったでしょう。少なくとも、日本でダンケネディが行ったセミナーではありません。(ダンケネディが、これまで、日本でセミナーを行ったことがあるのかどうか、私は知りませんが・・・。)
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2月 12, 2011
ダンケネディが言いたかったことは、およそ、こういう意味のことではなかったでしょうか?
“図々しくならなければセールストークが出来ないような状況の下で図々しくなって、セールストークを展開したわけだから、このことは一方の当為だ。
他方の当為は、セールストークを展開することを諦めて、帰ってくることだ。今回、あなたは、図々しくセールストークを展開して、・・・成果を得られなかったにせよ、多少、売りつけたにせよ、戻ってきて、自己嫌悪に苛まれている。これだと、次のセールス時に、同様の顧客の前で、セールストークを展開することを諦めて、戻ってきてしまうかもしれないね。いや、そうなる確率はとても高いだろう“
ダンケネディだったら、こんなふうに続けるかもしれません。
“図々しく売るか、諦めて戻るか・・・このどちらも当為だから、どちらかを選び続けることになるだろうけれど、やがて、どちらを選んでも、片方ばかり選んでも、交互に選んでいたにしても、続かなくなる時が来る。土台が脆弱であれば、家は建たない。仮に建ったとしても、時を経ずして、崩れてしまうだろう。セロサム、という考え方が大前提にある限り、あなたは、図々しく売るか、諦めてしまうか、のどちらかしかないんだ。そして、早晩、そのどちらも、できなくなってしまう・・・”
ここまでの言葉は、私のもので、ダンケネディのものではありません。しかし、彼、ダンケネディの語るフレーズは、本当に短く、淡々としたものですが、言外に、本当にたくさんの意味が籠められていて、その、ダンケネディの語らない部分によって、私は、動機づけられるところが大きかったのです。
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2月 9, 2011
ダンケネディは、ダイレクトレスポンスマーケティングを提唱する、優れたマーケッターであると同時に、優秀なモチベーターであることは、ダンケネディのセミナーを垣間見ればわかります。彼は、経営者やビジネスマンにとって、それがそのまま成功の障壁となる、”図々しく売る“ことへのメンタル障壁を取り除くことに長けているように思えます。”図々しく売る“、ということに関してであれば、図々しい態度を取らなければセールストークを展開できない、というところが、まず、問題の最初点であるように思われます。ダンケネディは、セロサム社会、という概念を遣って、その概念について、こと、ビジネスの社会においては、そういう概念を思考の基にしてしまうことの不毛さについて、あまり言葉を費やさないで語っています。私が儲けるためには、顧客に損をさせなければならない、というふうな、全くナンセンスな固定観念を握りしめていては、・・・それでも、顧客に対してセールストークを展開しようとなれば、図々しさを通り越して・・・鉄面皮にもなり得るでしょう。そうでなければ、顧客に損をさせて自分が儲けよう、という状況設定の中で、セールストークなど出来ようがありません。ダンケネディは、私が見た動画の中で、このような順で論理展開をしていたというわけではありませんが、ダンケネディの大意は、およそ、こういうことでしょう。図々しくならなければセールストークが出来ないような状況の下で図々しくなって、セールストークを展開したわけだから、このことは一方の当為だ。